今日はものごとを切り離して見るのをやめるお話。
日常と非日常、男性と女性、日本と外国、仕事とプライべート、愛情とお金。
私たちの生活の中では2極に分けられていることが多いです。
こちらとあちら、そっちとこっち。
特に私たち日本人は個人の場面では保留にするけど、
社会的な場面になると「どちらか」を選ばせる場面や「どちらか」しか与えない場面が多いように感じます。
家庭があるから仕事の時間を減らさなくてはならない、結婚するから仕事は辞めなければならない、健康を損なって仕事を辞めたら収入がなくなってしまった。
私たちは「2つのことは同時に手に入れることはできない」、「2つのことを同時にやろうとすることは欲張りだ」、「どちらかを手に入れたいならば、どちらかをあきらめることが潔い」と信じています。
本当にどちらかを手にしたら、どちらかは手に入れることができないのでしょうか?
私たちは差をつけることや比較すること、切り離して考える考え方を好んで使います。切り離した後には「どちらかを選ばないといけない」と勝手に自分で思い込んでいます。
この「どちらかを選ばないといけない」を疑ってみませんか。
家庭があると仕事をあきらめないといけないことは事実なのでしょうか。
子どもがいると仕事をつづけられないことは事実なのでしょうか。
健康を損なって働くことができないと生活が成り立たないことは事実なのでしょうか。
私たちは、なぜか自分の目の前のことを2つに切り離して考えようとします。2つに分けて仮定して考えることは、ものごとがシンプルになるので比較がはっきりしたり、考えることを最小限にしたりできるので、分けることにもメリットはたくさんあります。
2つに分ける仮定の延長で自分の目の前の現実もきっちり2つに分けてしまいます。そして、それ以上の選択肢はないとして、深く悩んだり、思い切ってどちらかに決めてしまったりしてしまいます。
「現実は2極である」という自分の思い込みで自分に自分で制限を設けて、自分で悩んだり苦しんだりしています。
潔いことやどちらかを捨ててどちらかに専念することも素晴らしいことです。迷いがない分思い切って自分のリソースをつぎ込むことができます。どちらかに注力すれば注がれるエネルギーも時間も倍になりますから結果も当然優れたものになります。
人生は優れたものだけを追求するだけではありません。人生は潔さを表現するためだけの時間ではありません。
ズルく、欲張りに2つのものを手に入れたいと追いかけてもよいのです。
仕事もプライベートも、キャリアも恋愛の、収入も趣味も、時間も美しさも。思いついたことを全部手に入れることを考えてもよいと思います。
より多くのものを手に入れたいと思うことは人間としての本能ですし、そのために努力を惜しまないことは悪いことではありません。
むしろ、最初から「どちらかにしておこう」とおとなしく考えてしまうよりも、「どっちも手に入っちゃうかも!!」と始める方がエキサイティングで面白くなります。
どちらを選ぶことのどっちも取ることもあなたの好きにしてよいですし、あなたの自由です。いずれにせよあなたが自分の中で決めたとおりになります。
今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。
いつもあなたを応援しています。