自分らしいミニマリスト

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みんなそれぞれの「自分なりの愛」を表現しながら生きている

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今日は愛を表現しているお話。

 

 

私たちは毎日、たくさんの人と接しています。

家族やパートナーに始まり、通勤で乗ったバスの運転手さん、ランチに買い物をしたコンビニの店員さん、会社で一緒に働いている人、帰り道ですれ違った全然知らない人。

 

 

社会人、学生、正社員、アルバイト、フリーランス。生活の形態はどうであれ、一日に誰か1人くらいは自分以外の人に接しています。

 

 

そして、あなたは信じられないかもしれませんが、今日、あなたが会った人、今日これからあなたが会う人全員、極端なことを言えば、あなたが生まれてから今までに会った人すべて、あなたがこれからこの地球とさよならするその日までに会う人すべてが、自分なりの愛を表現しながら生きています。

 

  

私自身、このことに気がついた時は驚愕しました。

今までに会った人すべてが愛を表現している???

 

 

私自身の人生をこれまで振り返ってみると、決して、愛を表現している人ばかりではなかったような気がします。

私に対して怒りをぶちまける人、私に対して「あなたは間違っている」と大勢の前で面と向かって言ってきた人。毎日のように私に対して八つ当たりをしてくる人。

今思い出しただけでも涙が出そうになるような思いを自分自身たくさんして来ました。

 

 

涙が出そうなのに「今までに会った人すべてが愛を表現している?」

 

 

最初は、「今までに会った人すべてが愛を表現している」と、教えてくれた人は「愛」がどんなものかを知らずに生きてきた人なのではないかと思いました。

それとも、私自身が愛の定義を誤って理解しているのか?と自分を疑いました。

 

今まで人間関係で数え切れないくらいの嫌な思いをしてきましたから・・・。

 

 

あなたなりの愛とは、どのようなものですか?

少し考えてみてください。

 

 

「あなたなりの愛」。これが、鍵です。

 

 

私たちは1人1人、人生でいろいろな経験をして、いろいろな知識や知恵を身につけてきました。たとえ、同じ両親から生まれてきた兄弟や一卵性双生児の人であったとしても、この地球上にはあなたと全く同じ経験をしてきた人はいません。私たちは生まれ落ちた瞬間から1人1人、全く違う経験をしながら生きています。

 

 

私たちは自分自身の人生に起こったことを通して経験を積み、様々な感情を味わいながら、物事の捉え方や考え方、捉えた上での行動の仕方を学び、身につけていきます。身につけることのうちの1つが「愛」です。

 

 

「愛」は元々私たちの中に生まれながらに備わっている感覚ではありますが、経験を積む中で身につけるモノでもあります。

 

本を読むことや音楽を聴くこと、芸術に触れることや旅をすることで身につく愛もあります。誰かに自分が嬉しくなるようなことをしてもらって身につくこともありますし、感動的な出来事を経験して身につく愛もあります。

 

たくさんの経験をしながら、私たちは自分の中で愛を身につけ「自分なりの愛」を創り上げていきます。

 

 

私たちは自分が身につけた愛を普遍的な愛を思い込んでいます。自分が自分の中に持っている愛と他人が他人の中に持っている愛は全く同じものだと思い込んでいるのです。

 

 

愛は無形です。自分の中から取りだして形として他人と比較したり、見せ合うことは基本的にはできません。だから、自分の愛と他人の愛を比べてみたことがないのです。だけど、私たちは気がつかないうちに「自分の愛」=「他人の愛」だと思い込んでしまっています。

 

 

実は「自分の愛」=「他人の愛」ではないのです。

 

 

上にも書いたとおり、「愛」は元々私たちの中に生まれながらに備わっている感覚ではありますが、経験を積む中で身につけるモノでもです。そして、この地球上にはあなた以外にあなたと同じ経験を積んでいる人は誰1人いない。

あなたは地球上でただ1人の「あなたなりの愛」を持って「あなたなりの愛」を実践している人なのです。

 

 

私たちは、自分の中に自分のものさしを持っていて、この自分のものさしで自分の外のものを計り解釈します。「あなたなりの愛」をあなた以外の人に表現したとき、その人のものさしで計ったときには「あなたなりの愛」を「愛」と解釈してもらえないこともあるのです。この逆も当然あることで「他人なりの愛」の表現をあなたのものさしでは「愛」と解釈できないこともあります。

 

 

だから、私は「今までに会った人すべてが愛を表現している???」と驚愕したのです。

 

 

私自身、自分が持っている愛が普遍的で「自分の愛」=「他人の愛」だと思い込んでいました。他人からされたことに対して自分のものさしではどうしてもそれを愛と感じることが出来ず、涙することもありました。

 

 

「自分の愛」=「他人の愛」ではないと気づいた時からは、自分の世界が変わりました。確かに、すべての人が自分なりの愛を表現しながら生きているのです。

 

 

あの人が私に対してこう言ったことも、この人が私に対してこうしたこともすべてが愛の表現でした。

 

 

「すべてが愛の表現」の世界に来ると、見えてくるモノが違ってきます。それもう全く違うモノです。自分の周りが愛だらけですでに愛に囲まれていたことにも気がつきます。

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。

 

いつもあなたを応援しています。