自分らしいミニマリスト

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愛は相手から受け取るものではなくあなたが与えるもの

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今日は愛に関するお話。

 

あなたの中で「愛」ってどんなものですか?

 

好きな人からいつも思われている。

パートナーに心から大切にされている。

旦那さんが毎年、あなたのお誕生日にお花を買ってきてくれる。

 先日このブログでもみんながそれぞれ「自分なりの愛」を持っていることを書きました。

 

heartwarminglife.hatenablog.com

 

それぞれの人がそれぞれに自分なりの愛を持っていて、

自分なりの愛について毎日、精一杯表現しています。

 

パートナーから愛されたい。

両親から愛を受け取りたい。

周りの人からの愛を感じたい。

 

私たちは、「愛」について考えるとき、「自分がどれだけ愛を受け取っているのか?」に焦点を当てています。自分が相手からたくさん受け取れば受け取るほど、自分は相手から愛されている。

 

受け取れば受け取るほど、自分は愛されている・・・。

 

でも、本当に受け取った量が自分の愛なのでしょうか。

 

自分が受け取った量が自分の愛だとすると、パートナーがいない人、両親がいない人、自分の周りには誰もいないという人には、愛はないということになってしまいます。

誰かに与えられて初めて自分の愛だとすると、自分の愛は他人に委ねられたものであり、自分では決められない他人まかせのものということになります。

 

自分の愛は他人まかせ。愛って他人まかせな不安定なものなのでしょうか。

 

愛とは本当はあなたから与えるものです。
あなたの内側から湧き出てくるものを、他人に与えるものが愛です。
あなたが他人から受け取るものではありません。あなたから相手に与えるものです。

 

パートナーでも家族でも友達でも仲間でも、あなたが誰かを思い、その人が成長し幸せでいることを心から願うことが愛なのです。そこには見返りとか戻ってくるものとかは一切ありません。ただ、ひたすらに相手のことを願うのです。

 

相手は自分の思ったとおりにはなりませんから、もしかしたら、あなたの願いは相手には通じないこもしれません。あなたからの一方的な願いになることがあるかもしれません。それももひたすらにあなたは、相手の成長と幸せを願い続けるのです。これが愛です。

 

以前の私も愛とは「いかに自分に与えられるものか」ということに焦点を当てていました。
恋人にいつも自分を見ていて欲しい。
恋人からたくさん気持ちを与えて欲しい。
恋人が次は何をプレゼントしてくれるのかが気になる。
欲しい、欲しい、ちょうだい、ちょうだいばかりで、相手に与えることなんて考えたこともありませんでした。

 

その結果、一見私に与えてくれそうな人が周りに集まってきました。でも、実は、周りに集まった人たちも欲しい、欲しい、ちょうだい、ちょうだいの人ばかりでした。

俺が与えたのだから、お前も俺に与えろ!!
お前に与えた以上に俺にも与えろ!!

私の周りは「俺にも与えろ!!」という人ばかりになりました。

 

奪い合う関係は、苦しく疲れるものです。

私自身、苦しく辛い思いに耐えられなくなり、気が付いたら周りにいた奪おうとしていた人達はいなくなり、私は一人ぼっちになりました。

 

一人ぼっちになった頃から、私の周りが変わり始めました。
私が愛を与えたくなる存在が初めて現れました。
妹の子どもたちです。

 

生まれたばかりの子どもたちは、私には何もしれくれませんが、私は自然に彼らに愛を与えます。すると、不思議なことに子供たちからも愛が返ってくるのです。
子どもたちの笑顔だったり、柔らかい肌の感触、無邪気な笑い声。
こういうものを見ていると、ますます、私からも愛を与えたくなり、愛の循環が生まれました。

 

愛はあなたが受け取るものではなく、あなたから与えるものです。そこに愛の循環が生まれます。

 

見返りがないかもしれません、何かを失うかもしれません、それによってあなたが傷つくことがあるかもしれません。
それでも恐れずにあなたから相手に愛を与えましょう。
いつかあなたの与えた愛があなたに返ってきます。

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。

いつもあなたを応援しています。