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自分らしいミニマリスト

頑張るをやめたら あっという間に人生が良くなり始めました  完璧主義を手放しながら 自分らしい人生を楽しんでいる毎日を書いています

私と母の親子関係 ~バランスの中にある中和~

親子関係 手放すこと チャレンジ 信頼関係

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今日は母娘の関係のお話。

 

 

巷には友達母娘とか仲良し母娘とか、取り沙汰されることも多いですね。母と娘の数だけ、その関係性はあると思います。そして、良好な関係よりも、うまくいっていない母娘関係の方が多いと思います。

 私と母の間にも、狭いけど深い深い溝があります。

 

 

私の母は感情をコントロールすることがあまり得意ではなく、家族や親せき、近所や仕事関係の人と揉めたり関係が悪くなってしまうことがあります。

 

母は当時としては結婚が遅く、第一子である私を妊娠した時も周りの人達から「年齢が上がってからの子供だから甘やかして育てるに違いない。」と言われたそうで、そのことを気に病み「生まれてくる子供は厳しく育てきちんとしな子にしなくてはいけない。」と心に誓ったそうです。

 

そうして生まれてきたのが私でした。

 

母は自分自身に誓ったとおり、私を厳しく育ててくれました。とにかく人に迷惑をかけるようなことをしてはいけないと甘えることや人に頼ることを許しませんでした。
そして、厳しさとは別に、いつも母の気分で在り方で急に怒鳴られたり、叱られたりもしていましたから、子供の私としては、いつも緊張し、とにかく母の機嫌が良いことを祈るだけでした。

 

私の家は父が自宅で会社を経営しており、母はその手伝いをしていましたが、「お父さん、お母さんも仕事がたいへんなのだから、面倒をかけないように。」と、繰り返し繰り返し教えられました。

私が風邪をひくと「お父さんや私に感染ったらどうするの!!」とずいぶん叱られましたし、面倒を掛けられうることをなじられたりもしました。

「家事や仕事が忙しいから。」と話もあまり聞いてもらえませんでしたし、家族で遊びに行ったり旅行に行ったりした記憶もほとんどありません。

 

ですが、子供だった私は他の家庭の様子を知る由もなく、他の家もこのようなものだと思っていましたから、疑問を感じることもなくこの家庭で成長しました。日常の住居や食事、衣服、教育は人並以上のものを与えてもらっていましたから、親を恨んだり、悲しんだりしたこともありません。また、忍耐力や精神力、いつも冷静でいられる自分を身に付けることが出来たのは、この環境のおかげであると感謝しています。
ただ、親と仲良く過ごすという時間が極端に少なかったため、その過ごし方はわかりませんでした。表面上は恵まれた家庭の住人として無機質に繋がっていたけれど、心では有機的に繋がっていない感じです。私と妹の中では「母親=怒る人」の図式が完全に出来上がっていましたから、とにかく母に対しては緊張して接するものだと思い込んでいて、心がつながるなんてことは想像できませんでした。

 

このようにして成長した私は、大人になってもこのクセが抜けず、母との関係を持ち込んでしまい、誰に対しても「目の前に居る人=怒る人」の図式があり、誰と接していてもいつも「急に怒り出すのではないか。」と緊張してしまいます。

 

私も妹も今は自分のことは自分で出来る大人になりました。もう手の掛かる子供ではありません。そして、自分の世界を持っています。私も妹も両親に対して家族のような関係性は求めていません。今までどおりの無機質な繋がりのままで良かったのです。
その私と妹に対して、母は急に世間の親子のように接することを望み始めました。まるで友達みたいに仲良く買い物に行ったり、遊びに行ったり、旅行に行ったりしたいようです。しかし、そのように急に方向転換されても、私にも妹にもその記憶がなく母が求めるような接し方はわかりません。母に対してはとにかく、怒られないように、怒鳴られないように接する方法しか思い浮かばないのです。

 

子供の頃は、一緒に居ることをいつもなじられたり、苛立ちを露わにされていましたから、リラックスして一緒に居る方法がわかりませんし、楽しく話をする方法もわかりません。そこには緊張感があるだけです。
そして、最近は母からその緊張感があることをなじられるようになりました。突然、母に対してリラックスして接しない私の態度に怒りをぶつけられうようになりました。私は今までのような無機質な親子関係のままで良かったのに、母はそれには満足できないようです。

 

 

こうして、私と母に第二ラウンドが始まりました。最初は私も改善したいと思い友達に相談したり、本を読んだり、セミナーに通ったり、カウンセリングを受けたりしました。自分が変われば相手も変わると知り、自分を変えようとして自分なりに努力もしました。しかし、どんなに私が頑張っても母は変わりません。確かに、私が変わったところで、母は母自身が変わろうとしない限り変わりません。そして、恐らく母は変わらないでしょう。

 

 

最近ある人に、

ものごとは、必ず「プラス面」だけでなく「マイナス面」も同時に持ち合わせている。何か自分にとって不都合なことが自分に起こった時、一見それはマイナスの面しか持ち合わせていないように思えるが、実はよくよく観察してみるとそれには必ずプラスの面も存在している。
プラスの面、マイナスの面、どちらかしかないということは幻想でありそれはファンタジーでしかない。
重要なのは、物事のプラスの面とマイナスの面の両方を認め、「常に2つの間にバランスして中和が保たれていること」を認識することだ。

と言われました。

 

 

親子はどこまでいっても親子です。その関係には終わりはありません。私はいつまで経っても母の娘で、母はいつまで経っても私の母です。これを否定も肯定もしません。ジャッジはなく、ただ今は受け入れるだけです。

 

 

私と母の間もバランスして中和が保たれている・・・。
今はこのことは自分の腑に落ちる瞬間が来るとは到底考えられませんが、いつか、こんな日が来て、母と私と妹の三人で笑い合えることを望んでいます。

 

 

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。

 

いつもあなたを応援しています。