自分らしいミニマリスト

頑張るをやめたら あっという間に人生が良くなり始めました  完璧主義を手放しながら 自分らしい人生を楽しんでいる毎日を書いています

本来の自分からズレてしまっていても大丈夫 あなたは自分に戻れるし戻る過程も楽しいから

 

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私は今、
本来の自分に戻る過程の
途中にいます。


私たちは
生まれたばかりの
赤ちゃんの時は、

自分の力だけでは、
生きていくことは難しくて、
親であったり、
保護者であったり、

誰かしら、
保護してくれる人に
面倒をみてもらっていました。

面倒を見てくれる人の
言うことを素直に聞き、

面倒を見てくれる人の
行動をそのまままねをして、


面倒を見てくれる人が
全て正しいと思って
話すこと、やること、考えることを見ている。

小さかった私たちは、
それの良し悪しの
判断はできないので、

全部それを良いことだと思って、
自分の中に吸収する。


面倒を見てくれる人に
理不尽な怒られ方をしても、

面倒を見てくれる人に
不当な扱いを受けても、

面倒を見てもらえなければ、
小さかった私たちは、
生きていけませんから、


とにかく、
大人たちに嫌われないように
行動していました。


そして、
何より、
私たちは、
面倒を見てくれる人達のことが、
本当に大好きだったのです。

お父さん、
お母さん、
おじいちゃん、
おばあちゃん、
親戚の人・・・。

誰であれ、
心からその人のことが
大好きだったのです。

だから、
嫌われないように
振る舞いましたし、

怒られれば、
「自分が悪い子だから
大好きな人が怒っているんだ。」
と、自分を責めて、

「次からは大好きな人に
怒られないようにしなきゃ!!」と
強く自分に言い聞かせたのだと思います。


小さかった私たちは、
毎日、必死だったのだと思います。
本当に健気ですよね。


そして、
これを繰り返しながら、
私たちは大きくなっていきました。


繰り返していくうちに、
自分の周りで繰り返されていることは、
周りの家庭でも
当然のように繰り返されていると
思い込んでいます。

自分の家とよその家を
比べる機会って、
あまりありませんから、
当然ですよね。


小さかった頃の私もそうでした。

親に言われたことは、
全て正しいと思っていましたし、

親がやることも、
全て正しいと思っていました。


親に言われたことは、
全部正しいと思っていましたから、
それを全部自分の中に吸収し、
それがいわゆる「常識」であると
思い込んでいました。

そして、
無意識に
周りの友達たちも
自分と同じように
毎日家の中で
過ごしていると思っていました。

私自身、
これで良いと思っていました。


でも・・・、

このように過ごしてきた私は、
自分でも気が付かず、
「本来の自分」から
ちょっとずつ、ちょっとずつ、
でも、確実にズレていました。


子供の頃、
私は家の中で、
自分の感情の赴くままに
振る舞うことを極端に制限されていました。


悲しくても泣いてはいけない。
身体のどこかが痛くても痛がってはいけない。
楽しいことがあっても、おもいっきり笑ってはいけない。
嫌なことに対して「いやだ」と言ってはいけない。

とにかく、
親から、子供らしい振る舞いを禁止されていました。

そのように振る舞うと、
「泣くな、笑うな」と母からとても怒られましたし、
父にも「うるさい!!」と怒鳴られました。


今、大人になって思うのですが、
恐らく彼らは
自分の仕事や家事、育児で
いっぱい、いっぱいだったし、

親戚や近所の人など、
周りの人達のからの評価やが
気になってしかたなくて、



「とにかく収入を得て、家計を維持しなかれば」
「子供を厳しくしつけよう」と

子供の感情や気まぐれを
受け止める余裕がなかったのだと思います。


これを思えば、
親を責める気持はありませんが、
子供と時から感情にフタをして
生きてきた私は、

確実に
「本来の自分」から
ズレていきました。

ズレているだけであれば
良いのですが、

ズレていることによって、
ひずみが出来て、
これによって人生の迷子になってしまったのです。

「自分が何をしたいのかわからない。」
「人が信じられない。」
「自分が信じられない。」
「人生が楽しくない。」
「生きている意味がわからない。」

自分を見失しない、
人生が制御不能になり、
グラグラ、ウロウロしていました。


何がしないのかわからない。
どうなりたいのかわからない。
どこに向かっているのかわからない。


わからない、わからない、わからない・・・。


そこから、
私の「本来の自分に戻り」が
始まりました。


だいぶ、
まともになってきましたが、
まだまだ、途中です。

たぶん、
この先しばらく続くと思います。

道は見えていませんが、
方向は見えています。

方法はよくわかっていませんが、
以前のような苦しさはありません。


戻る道の途中を楽しみながら、
続けていこうと思います。

途中に何があるのか、
どこにたどり着くのか、
とても楽しみです。

今日も最後まで読んでいただいてありがとうございました。

いつもあなたを応援しています。